2020年、僕たちの父が亡くなった。名前はKevin。ニュージーランドのヨットで暮らしていた。

ダークファンタジーの見下ろし型MMORPGの物語について話すはずなのに、なぜ僕はこんなことを語っているのか。

それは、悲しみのなかを歩き、誰かを少しずつ忘れていくときに訪れる感情があって、それがとても複雑なものだからだ。ある意味では、それは救いでもある。もうあの痛みとそこまで直接向き合って生きなくてよくなるから。でも同時に、怖くもある。だって、忘れていっているのだから。

父はかなり謎めいた状況で亡くなって、どうやって、あの夜に何があったのか、僕たちはついにはっきりした答えを得られなかった。今ではみんな、その謎を受け入れて心穏やかでいる。でも、僕がもらった一番のアドバイスは、悲しみに正面から向き合い、決して逃げないことだった。そして僕はそうした。二人ともそうした。(Alは一ヶ月後に初めての子どもが生まれる予定で、それは僕たちみんなに必要だった祝福だった。)

『Mortumus』のクエストラインとロアを書き始めたとき、僕たちはその反対のことを考えるようになった。もし向き合わなかったら、どうなるのだろう。もしあのとき向き合っていなかったら、今ごろ僕たちはどこにいたのだろう。

その問いこそが、『Mortumus』のなかの最初の物語のきっかけになった。それは忘れるための旅だ。思い出すにはあまりにつらい何かから逃げるための旅。でもクエストラインを進めていくと、結局は思い出さざるをえなくなり、ずっと逃げてきたものと向き合うことになる。その道のりで、あなたは世界を救うかもしれないし、あるいはただ、世界をそのままにしておくと決めるかもしれない。

なぜなら、この「忘れること」とでも呼ぼうか、それはキャラクターの旅だけのものではないからだ。それは世界の旅でもある。『Mortumus』は、自分自身を忘れてしまった世界なのだ。

これは文字どおりの意味だ。世界全体が、今を生きる誰にも読めない言語で書かれている。それはあらゆるものに刻まれている。壁にも、廃墟にも、墓石にも、足元の岩盤にも。何百年もそこにあり続けてきたのに、この世界に暮らす人々はその前を素通りしていく。まるで古い石の風化の跡か何かのように。それがかつて言語だったことすら、人々は忘れてしまったのだ。

でも、それは本物の言語だ。僕たちは本当のルールも含めて、その言語のすべてを一から作り上げた。だから実際に、それを読めるようになることができる。そして誰も一人ではやらない。これはMMOだ。何千人もが暮らす、たった一つの共有された世界。サーバー全体で、プレイヤーたちが断片を一つずつつなぎ合わせ、言語を組み直していく。そうするうちに、世界はかつての自分を少しずつ明かしはじめる。道しるべ。名前。歴史。この場所が、自分を忘れてしまう前に何であったのか。世界が思い出せるのは、みんなが一緒に思い出しているからこそなのだ。

それに、これは厳しい世界でもある。たった一つの場所、そこにいるすべての人、そして死ねば本当の代償がある。でも、これを書きながら僕たちが何度も立ち返ったのは、見知らぬ者たちで満ちた世界全体が、静かに、頑固に、忘れられた場所が何だったのかを思い出させようとしているということ、そしてそのほとんどが、自分のしていることがそれだとすら気づいていないということだった。

これを感じるのに、ヨットで父を亡くした経験が必要なわけじゃない。誰もが、見ないでおこうと静かに決めた何かを抱えている。このゲームはただ、それを、あなたが歩いて通り抜けられる場所に変えるだけだ。

僕たちは悲しみについてのゲームを作ろうとしたわけじゃない。兄弟二人が、誰の許可もなく、夜や週末に、ずっと作りたかったゲームを作ろうとしただけだ。でも、書き続けた物語は、気づけば僕たちがすでに生きていた物語そのものになっていた。自分を忘れてしまった世界と、それを少しずつ、一緒に思い出していく何千もの人々。それが『Mortumus』だ。そして、それを作ることこそが、僕たちが自分たちの悲しみと向き合う方法だった。

Kevin on his yacht